本文
史跡文祢麻呂墓(国指定)
壬申の乱(672年)で、大海人皇子(のちの天武天皇)軍で活躍した文祢麻呂の墓誌が入った銅箱、金銅壺等が、天保2年(1831年)に発見されました。文祢麻呂墓は、代表的な飛鳥・奈良時代の墳墓であり、古代の上級役人の埋葬方法がわかった数少ない重要な遺跡として、国史跡として指定を受けています。

施設情報
| 住所 | 宇陀市榛原八滝1557番地の4・1558番地の3 |
|---|
地図の読み込みに関する問題が発生したとき<外部リンク>
本文
壬申の乱(672年)で、大海人皇子(のちの天武天皇)軍で活躍した文祢麻呂の墓誌が入った銅箱、金銅壺等が、天保2年(1831年)に発見されました。文祢麻呂墓は、代表的な飛鳥・奈良時代の墳墓であり、古代の上級役人の埋葬方法がわかった数少ない重要な遺跡として、国史跡として指定を受けています。

| 住所 | 宇陀市榛原八滝1557番地の4・1558番地の3 |
|---|